書物

アンドレ・ジイド「地上の糧」

「モネルの書」と対比的に語られることが多いようなので、とりあえず読んでみた。訳は堀口大学による昭和28年のもの(角川文庫)。結論からいえば、両者はまったくの別物である。共通しているのは、反主知主義の書であること、アフォリズムによる教説が前…

生田耕作・坂井輝久「洛中洛外漢詩紀行」

1994年に人文書院から出た本。名高い(?)仏文学者の名前が出ているけれども、彼は本書が世に出るきっかけをつくっただけで*1、直接的にはたぶんなにもしていない。原稿はすべて坂井氏が書いたものと思われる。ならば坂井氏の単著として出せばいいよう…

「巴里幻想訳詩集」

去年(2008年)、国書刊行会から出た本。おもに戦前に出た異色の訳詩集を五つ集めてある。 「恋人へおくる」(矢野目源一、昭和8年、第一書房) 「ヴィヨン詩抄」(城左門、矢野目源一、昭和8年、椎の木社) 「夜のガスパァル」(西山文雄、城左門、昭…

ユクスキュル、クリサート「生物から見た世界」

ライプニッツの単子論とフッサールの現象学との中間にあるような本(日高敏隆、羽田節子訳、岩波文庫、2005年)。もちろんユクスキュルの本は哲学書ではないが、しかし認識の世界の根拠を外界にではなく内部にもとめ、それを各個体に独自の「環世界」と…

高山宏「メデューサの知」

「アリス狩り」の三冊目(1987年、青土社)。題名の意味するところはよくわからないが、メデューサというよりむしろペルセウスの盾がここでは問題になっているように思われる。ペルセウスの盾はナルシスの(水)鏡に容易に転じるだろう。この本の隠れた…

トマス・ブラウン「医師の宗教そのほか」

ふだんは「英語くらいできるわい!」みたいな顔をしている私だが、じつはそうたいしてできるわけではないのはここをご覧になっている方にはとうにバレているだろう。最近、高山宏の導きで十七世紀のイギリスをちょっとかじってみようと思ってジョン・ダンの…

高橋貞樹「被差別部落一千年史」

今年の正月に読み始めて、途中でつらくなって投げ出してしまった本(岩波文庫、1992年。初版は1924年刊)。どうしてつらくなったかといえば、これを読んでいると自分ではどうしようもないほど差別感情が刺激されてくるから。この本は差別撤廃の目的…

平田篤胤「仙境異聞・勝五郎再生記聞」

神道イデオローグとして名高い(?)平田篤胤による聞き書き(岩波文庫、2000年)。題名にある「仙境」とは「山人の世界」のことである。「仙」という字を分解すると「山人」となるように、古来山人は仙人と混同されてきた。平田篤胤はさらに進んで、こ…

柳田国男「遠野物語・山の人生」

岩波文庫に何冊かある柳田本の一冊。フランス文学者の桑原武夫が解説を書いている。さて、ここに収められた「遠野物語」。有名な本だが、じっさいに読んだ人はどれだけいるだろうか。私も今回はじめて読んだくちだが、これはすばらしい作品だと思った。この…

高山宏「目の中の劇場」

「アリス狩り」の二冊目(1985年、青土社)。この本になると、もうアリスはほとんど姿をあらわさなくなる。かわって前面に出てくるのが「ピクチャレスク美学」なるもの。これは要するに世界を絵のように見、絵を世界のように見る視線のことらしい。これ…

カーリダーサ「シャクンタラー姫」

「マーラヴィカー」が非常によかったので、ついでにこれを読み返してみた(辻直四郎訳、岩波文庫)。訳文は以前に思ったほど凝ったものではない。大地原氏の訳を読んだあとではすっきりしすぎていて物足りないくらいだ。この戯曲はカーリダーサのものではい…

カーリダーサ「公女マーラヴィカーとアグニミトラ王 他一篇」

大地原豊訳の岩波文庫(他一篇は「武勲(王)に契られしウルヴァシー」)。同文庫では辻直四郎訳の「シャクンタラー姫」が先行しているので、これはいわばその続篇にあたる。カーリダーサの戯曲のうち異論の余地なく真作と認められているのはこの三篇だけら…

ディドロ「絵画について」

サロン評で有名なディドロの比較的まとまった絵画論(佐々木健一訳、岩波文庫)。サロン評というのは一種の時評で、この本にもそういった要素は随所に目につく。当時(十八世紀中葉)のフランス画壇のことを知らないと、理解しにくいところも多い。逆にいえ…

イグナチオ・デ・ロヨラ「ある巡礼者の物語」

副題に「イグナチオ・デ・ロヨラ自叙伝」とあるとおり、イグナチオが晩年に書いた、というか口述筆記させた自伝(門脇佳吉訳、岩波文庫)。語り口はひどく朴訥然としたもので、たぶん訳者による註解なしにはおもしろく読まれないだろう。その意味で訳者の貢…

中島義道「働くことがイヤな人のための本」

パソコン関連の書類をひっくり返していたら転がり出てきたのがこの本(平成16年、新潮文庫)。以前人に借りたまま、こんなところにまぎれこんでいたのだ。ざっと読んでみたが、どうも要領を得ない本というしかない。著者の履歴や、彼の主宰する「無用塾」…

新井白石「西洋紀聞」

キリシタン文学の一変種。宝永5年(1708年)に最後の潜入者として日本にやってきた宣教師ジュアン・シドチ(ヨワン・シロウテ)の談話を新井白石がまとめたもの。当時のヨーロッパ事情の紹介として、画期的な意義をもつものとされているようだが、出版…

H.C.アルトマン「サセックスのフランケンシュタイン」

変形アリス譚とのことで興味をもって買ってみたが、長篇ではなくて短篇集だった(種村季弘訳、河出書房新社、1972年)。この本を読みながら思ったのは、なんだか星新一に似ているな、ということ。雰囲気的にはメタフィジック時代のキリコに近いかもしれ…

柳瀬尚紀訳「不思議の国のアリス」

ネットでアリスの訳本を検索していたら、この柳瀬訳に「漢字がいっぱい」との評があったので、覗いてみることにしました(ちくま文庫、1987年)。漢字で漢゛字搦め*1なんていかにも柳瀬氏らしいではないか、と思ったので。全体的によくできていると思い…

ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」

なんとか原文で読みきったけれども、自分の英語力のなさにはわれながら呆れ果てる。今回はいちおう精読のつもりで、知らない単語、うろおぼえの単語はぜんぶ辞書を引いて調べてみた。その結果、そのほとんどがアステリスク付き、つまり基本単語であることが…

高山宏「アリス狩り」

講談社選書メチエの「奇想天外・英文学講義」をところどころ読みなおしていたらちょっと興味が出てきたので、この高名な英文学者の処女作(だと思う)を読んでみようと思って手に取ったのがこれ(1981年、青土社)。もうかれこれ二十年以上も前に出た本…

「般若心経・金剛般若経」

岩波文庫のお経シリーズの一冊(中村元、紀野一義訳註)。漢訳とその読み下し文、それにサンスクリットからの翻訳が見開き2ページに収まっていて、非常に読みやすい。註がまた念の入ったもので、これだけまとめて通読してもおもしろい。中村元は名前が売れ…

鹿島茂「明日は舞踏会」

同じ著者の「馬車が買いたい!」の女性版として、若い女性向きに書かれた(と著者のいう)十九世紀パリ風俗史(中公文庫、2000年、原本は1997年刊)。骨子となるのはバルザックの「二人の若妻の手記」で、これは修道院から出たばかりの二人の親友が…

吉川幸次郎「陶淵明伝」

シナの詩人で陶淵明くらい「先生」の呼び名が似合うひともいない。自分でも「五柳先生」などと称しているが、彼にはなんとなくひなびた、村夫子然とした面影がある。隠逸伝中の人ながら、たとえば「論語」にたびたび出てくる、あの得体のしれないぶきみな「…

日夏耿之介「風雪の中の対話」

ゴスィック・ローマン詩体で有名な(?)著者の雑文集(1992年、中公文庫。原本は1955年刊行)。短い対話篇を集めたもので、暑いさなかに漫然と読むには適した本。これを読んでいると、なんとなく晩年の永井荷風の顔*1が思い浮んでくる。そして、精…

アイスキュロス「テーバイ攻めの七将」

これはすごい。全篇ほとんどシンメトリーだけで成り立っているような戯曲(高津春繁訳、岩波文庫)。テーバイ攻めの七将がいればテーバイ守りの七将がいる。おのおのは七つの門で一騎打ちの勝負を挑む。この七つの門はおそらく同心円状になった七つの城壁に…

モリエール「孤客」

本の整理をしていたらひょっこり出てきたので再読(辰野隆訳、岩波文庫)。これはたしかに古典にあるまじき(?)おもしろさだ。メレディスが褒めるのも当然だが、さて芸術的に高いものかどうかとなると、ちょっと疑問が残る。というのも、この戯曲のおもし…

ツルゲーネフ「ハムレットとドン・キホーテ」

「プーシュキン論」と「ファウスト論」を併収(岩波文庫)。訳は「ハムレット〜」を河野与一が、あとのふたつを柴田治三郎が担当している。ともに甲乙つけがたいみごとなもの。「ハムレット〜」と「プーシュキン論」は演説なので、講演口調で訳されているが…

由良君美「ディアロゴス演戯」

1988年に出た美術エッセイ集。青土社から出た一連の「みみずく」シリーズはこの本をもって終了したようだ。さて、20年後のいまこの本を読むと、いろんな意味で感慨ぶかいものがある。まず著者がこの本ではあくまで紹介者に徹していて、とくに研究の領…

ジョージ・メレディス「喜劇論」

「エゴイスト」の著者によるコミック論(相良徳三訳、岩波文庫)。「エゴイスト」の序文に肉づけして例証を入れながら引き延ばしたようなエッセイ。意外とベルクソンのコミック論に近くて驚いた。どういう点がベルクソンに近いかといえば、笑い(あるいはコ…

和辻哲郎「風土」

昭和10年の刊行以来、こんにちまで読まれつづけている名著(岩波文庫)。あまりに名高いので感想を書くのもはばかられるが、巻末の解説(井上光貞)によると、批判も少なくないらしい。たしかに学術書としては、著者の個人的体験が前面に出すぎているかも…