2011-01-01から1年間の記事一覧

ある訣別の辞

かつて熱中したことどもがもはや何の感興も喚ばなくなっている。あんなに好きだったあれやこれやがひどくつまらない無価値なものにみえてくる。それが老化というものなのかもしれない。それならそれでいい、かつて私の愛したものたちよ、さらば。私は私の道…

現代詩について思うこと

思潮社から二冊本で出ている「戦後名詩選」は非常によくできたアンソロジーで、ここまでコンパクトなかたちで戦後詩(ほぼ現代詩と同義)を圧縮してみせることは容易なことではない。その点に関しては編者(野村喜和夫、城戸朱理)の努力をたたえたいと思う…

ヘレン・ケラーとスウェーデンボリとストリンドベリ

名画として知られる「奇跡の人」を見たが、どうも感想を書くだけの気力が出ない。ただ一言だけ言っておこう、これは名画ではない。「奇跡の人」の原題が The Miracle Worker で、つまりサリバン先生のことを指しているというトリビア(まさにトリビア!)だ…

ユベール・ジュアン「フェルナン・クノップフとその時代の文学」

この前読んだプラーツの「ムネモシュネ」と同じようなテーマを扱った論稿。1980年にブリュッセルで行われたクノップフの回顧展の際の講演記録らしい。そういうものだから、突っ込んだ議論を期待しても仕方ないが、しかし薄っぺらいなりに私には教えられ…

「フェリーニのローマ」

この前アマゾンで「サテリコン」を買ったら、さっそくメールで「おすすめ」がきた。やはり1000円を切る廉価版なので遅疑なく購入、鑑賞。ここに描かれたローマはまさに現代のバビロンである。「大いなるバビロンは倒れたり」──しかしローマは倒れても何…

「時よとまれ、君は美しい〜ミュンヘンの17日」

原題は Visions of Eight(八人の映像)。これのサウンドトラックが気に入っていたので、映画も見ることにした。DVDのパッケージに「肉眼では捉えられない映像」とあるとおり、カメラの記録性をフルに生かしたドキュメンタリー。しかしそんなことよりも、こ…

フェリーニ「サテリコン」

なんとなく成行きでDVDを買ってしまう。千円を切るとはずいぶん安い。これは大昔に一度見たことがあるが、今回あらためて見直してみて、思っていた以上に病んだ映画であることに驚いた。フェリーニの病的な想像力がマックスに達したときの映画だと思われる。…

バッハ「オルゲルビュヒライン」

中学のころから気がかりだったのをいまごろ聴く(ヴァルヒャ「オルガン全集」、モノラル録音)。全体的にわるくはないが、一曲目がよすぎてあとの曲がかすんでしまう。あとの曲といっても44曲もあるので、ほとんど全部がかすんでいるようなものだが……一曲…

マリオ・プラーツ「ムネモシュネ」

かつて美術出版社から出た訳本を不可として高山宏が新たに訳しなおしたもの(ありな書房、1999年)。しかしこれをもって邦訳決定版とするのならもう少し校正をしっかりしてほしかったと思う。ありがちな変換ミスが散見するのは残念だ。「名ずける」とか…

ポアンカレ「科学と方法」

ポオの「ユリイカ」と並行して読んでいたもの(吉田洋一訳、岩波文庫)。じつはこっちのほうを先に読了したのだが、感想が書きにくくてほうっていた。まあモノがモノだけに私が感想を書く必要もないのだが。ポアンカレについてはとくに関心があったわけでは…

ポオ「ユリイカ」

細切れの時間をなんとかやりくりしつつ読了。ポオの最晩年の著作とのことだが、もうこのころになるとかつての「印象と効果」の理論家ポオは影をひそめて、その代りに彼の生地である中二的心性が全開になっている。中二的といっても貶しているのではない、む…

ストリンドベリ「死の舞踏」

アマゾンからストリンドベリの「死の舞踏」の紹介メールがくる。なんでいまごろ私のところへ「死の舞踏」への招待が? それにはアマゾンなりの理由があるんだろうが、それはともかくとしてこの戯曲、大昔に読んだ記憶をたどってみると、主人公がなんとなくサ…

倒逆睡眠法

ちょっと時間に余裕ができたなかな、と思ったとたんに過酷な業務命令が下って、またしても魚が水面であぎとうような生活に戻ってしまった。もうこの状態がおれにとっての常態であって、余裕ができるなんてのはよほどの僥倖だと思っていたほうがいいのかもし…

アメリカ嫌い

きのうの日記を書きながらふと思ったのだが、私は題名に「アメリカ」の文字があったらまず敬遠することにしている。いや、敬遠というのはよくない、見ずに素通りするといったほうがいい。理由はといえば、アメリカという国が昔から、ほんとに子供のころから…

B.E.エリス「アメリカン・サイコ」

読んだ感想をひとことでいえば「最低!」なのだが、それだけではあんまりなので、いちおう所感のようなものを書いておく。訳者のあとがきによれば、この長篇が評判になったのは、作中における「残虐きわまりない殺人場面」のためらしい。しかし私はそれらの…

サイコパス小説二篇

かつて私を死ぬほど苦しめた人間が、じつは典型的なサイコパスだったことをいまごろ知る。それと同時にサイコパスに興味が出てきたので、その手の人間を主人公にした小説があったら読みたいと思って調べてみたら、「教えてgoo」に回答済みの質問がいくつも出…

西脇順三郎「Ambarvalia」

またしても詩の話で恐縮だが、「ウェブでしか読めない西脇順三郎」というサイト?があって、そこに由良君美の書いた回想録が出ている。あまりにもベッタベタの讃辞なので読んでいて気恥ずかしくなってくるが、そういえばこの人は「みみずく英学塾」でも同じ…

花と女と

詩の話ばかりで恐縮だが、詩人の日夏耿之介に「唐山感情集」という漢詩の訳詩集があって、その巻頭を飾るのが清の馮雲鵬の「二十四女花品」というもの。二十四種の花をとりあげて、それを女に見立てて歌った連作である。これには訳者による小引がついていて…

画像検索の鬼

静物画というとたいていの人はセザンヌを思い出すだろう。私もセザンヌの絵は好きだ。しかし、ああいった印象派ふうのもの以外に、むしろ象徴派ともいいたいようなふしぎな魅力をたたえた静物画が17世紀のオランダで続々と描かれていたことはあまり知られ…

ロザリー・L・コリー「パラドクシア・エピデミカ」

高山宏の最新の訳本(白水社)。かなりの大冊で読むのに苦労したので、ちゃんとした感想を書いておくべきか、と思ったが、やめにした。というのも、この本でほんとに自分の血肉になったなあ、と思うのは序論とエピローグだけで、肝腎の本論のほうはよくわか…

ニコラス・ローグ「赤い影」

こわい、こわい! こんな映画は夜にひとりで見るものじゃない! 原題は DON'T LOOK NOW という無愛想なものだが、これと比べたら「赤い影」という邦題のほうがずっと象徴的で、しかも核心に迫っている。赤い影とはつまり死の影で、「死」が赤いレインコート…

ケータイ小説としての「クラリッサ・ハーロウ」

近代小説の元祖とされるリチャードソンのクラリッサだが、こんなクソ長い小説を当時だれが読んでいたのだろうか、と考えると、それはやっぱり女性、金と暇のある中流階級以上の女性ではなかったかと思う。男はこんなものは読まないだろう、小説なんぞは女子…

痔のアンソロジー

ここ数日肛門の具合がわるくて、幸い坐薬を入れたらよくなったが、しかしお尻がこういう状態になったのはこれが初めてではない、もうだいぶ前からいわゆる痔ケツになってしまっているようなのだ、情けないことに……まあ一病息災という言葉もあるくらいだから…

厨川白村「狂犬」

サイコパスにはこの世界がどんなふうに映っているのか、かりにサイコパスになったつもりでこの世を眺めたらどんなふうに見えてくるのか、と考えていてふと頭に浮んだフレーズがある。それは「かりに狂犬のこころもちになって世の人を見たならば、かくもあろ…

ジュウル・ルナアル「ねなしかづら」

ルナールの長篇小説だが、こんな内容だとは思わなかった、これではまるでポルノ小説ではないか。後半はずっともやもやのしっぱなし。十九世紀末版「危険な関係」ともいうべき小説(高木佑一郎訳、白水社、昭和12年)。これはじつに不道徳な、けしからん本…

少女時代との出会いと別れ

ネットで遊んでいると、ときどき思いがけないものに出くわす。数日前だが、リンクをたどっていたらメキシコの虐殺動画が出てきてびびった。こういうものまで今ではふつうにネットに上っているのか……非常によろしくない、と思う一方で、文章だけでは伝わらな…

岩田慶治「花の宇宙誌」

古本屋で見かけて、最初のほうに「正法眼蔵」からの引用があるので「おお…」と思って買ったものの、どうも私の求めているような方向の本ではなかった。そればかりではない、読んでいるうちにだんだんムカついてくる。このムカつきは腹立ちとは違う、呑み込め…

わたしにとっての原風景

岩田慶治という人の「花の宇宙誌」(青土社)という本のなかに、「あなたにとっての原風景とは何か」という設問がある。原風景とは、いってみれば自己のアイデンティティの根本を支えている風景やイメージ、もしくは原体験のことだ。そして、学生たちにレポ…

中田耕治「メディチ家の人びと」

ツイッターをやっていたころ、歴史好きの人も何人かフォローしていたが、どういうわけかフランス革命のフの字も出てこなかった。フランス革命、もう今では人気がなくなったのだろうか。私が若いころは、「ベルばら」効果もあって、その方面の本はけっこうな…

アンドレーエフ「血笑記」

「書物」タグをつけたが、読んだのは近代デジタルライブラリーのもの。 血笑記 : 新訳 - 国立国会図書館デジタルコレクション 二葉亭のことがちょっと気になって、まずはネットで「あひびき」を読んでみたら、意外に自分の好みと合致したので、次にアンドレ…