カーリダーサ「シャクンタラー姫」


「マーラヴィカー」が非常によかったので、ついでにこれを読み返してみた(辻直四郎訳、岩波文庫)。訳文は以前に思ったほど凝ったものではない。大地原氏の訳を読んだあとではすっきりしすぎていて物足りないくらいだ。

この戯曲はカーリダーサのものではいちばん有名で、かつ評価も高い。しかし、今回読み直してみても、あんまりおもしろいという感じはしない。もしこの本だけ読んで、カーリダーサなんてつまらんじゃないか、という感想をもった方がいたら、ぜひ「マーラヴィカー」を手にとってほしいと思う。「マーラヴィカー」は歌あり、踊りあり、所作事ありで、ほとんど古代のオペラかバレエのように魅力的なのだから。

シャクンタラーのいけない点。まず長すぎる。七幕も使う必要があったのか。うまく編集すれば五幕でじゅうぶん収まるように思うのだが。

次に王の腹心の道化役に精彩がない。「マーラヴィカー」や「ウルヴァシー」では王と道化との珍妙なやりとり*1がすばらしく効果的だったが、「シャクンタラー」においては道化は狂言回しの役割すら果たしていない。

次にシャクンタラーのキャラがあまり立っていないこと。これは決定的な弱点ではないだろうか。とにかく全篇を通じて存在感が薄い。こういうキャラは作者としても動かしにくいので、必然的に出番が少なくなる。中盤以降は(主役でありながら!)ほとんど舞台に姿をあらわさない。

もうひとつ、シャクンタラーが序盤早々に妊娠してしまうのも困る。これはドゥフシャンタ王が抜く手も見せずに一儀に及んだためだが、古代のインドでも「でき婚」に相当するのはあって、「ガーンダルヴァ婚」と呼ばれていたらしい。いずれにせよ、主人公ふたりのDQNぶりを初手から見せつけられてはあまりいい気はしない。

というわけで、世評が高いわりにはあまり感心しなかった。

なお、この本の巻末には「サンスクリット劇入門」という論文があって、これが非常におもしろくてためになる。私がことに興味深く読んだのは「ギリシャ劇との関係」という章だが、結論からいうと古代ギリシャ劇とサンスクリット劇とのあいだには直接の関係はない、とのことだ。たしかに、古代ギリシャで発達した「悲劇」がサンスクリット劇には皆無、とあっては、それも無理ならぬ結論かもしれない。

*1:まさに古代の漫才!