H.C.アルトマン「サセックスのフランケンシュタイン」


変形アリス譚とのことで興味をもって買ってみたが、長篇ではなくて短篇集だった(種村季弘訳、河出書房新社、1972年)。

この本を読みながら思ったのは、なんだか星新一に似ているな、ということ。雰囲気的にはメタフィジック時代のキリコに近いかもしれない。

私は星新一はあまり好きでなく、彼のような作家になりたいと思ったことはないが、アルトマンにはなれるものならなりたいと思う。というのも、アルトマンはいうなれば「言語の怪物」だから*1。そして彼の作品はまさしく「怪物の言語」で書かれている*2

とはいうものの、この短篇集では作者のそういった面はわりと抑えられているようで、そのぶん非常に読みやすく親しみやすいものになっている。翻訳がまた肩の力の抜けたもので、こうやって読むアルトマンにはもはや怪物の面影はない。彼の顔はかぎりなく星新一に近づく。

表題作は、アリスが地下世界に落っこちて、そこでフランケンシュタイン(怪物のほう)に捕まって、あわや手込めにされかけるというお話。地上ではフランケンシュタイン(博士のほう)と、アルトマンの分身と思われるジョン・ハミルトン・バンクロフトとがアリス救出のため地下世界へと向かう。いっぽう天上では小説「フランケンシュタイン」の作者であるメアリ・シェリー夫人とホール夫人(これはモデル不明)とが、かたやフランケンシュタインに、かたやアリスに肩入れして反目し、シェリー夫人はついに怪物をみずから援助すべく地下世界へと赴くが、アリスを取り逃がして気が変になった怪物はもはや見境がなく、目の前に落っこちてきたシェリー夫人をアリスの代用としてむりやりベッドに運びこむ……

フランケンシュタインの花嫁は、じつはシェリー夫人(すなわち怪物の母にして祖母!)でした、というばかばかしい落ちがついて一巻の終りとなる。

*1:彼はおびただしい詩的な特殊語、私言語のほかにインド・ヨーロッパ語系を基礎にして、伝承のないピクト語なるものを虚構した。彼はときとして失われたダキア方言の解明を試みる。……彼が話し読める国語──アラビア語ブルターニュ語、カルデア語、エストニア語、フィンランド語、グルジア語、フツーレ語、アイルランド語、ユットランド語、ウェールズ語、レット語、マレー語、ノルウェー語、オッタクリンガ語、ピクト語、クムラン語、レートロマン語、スワヒリ語トルコ語ウルドゥー語ヴェーダ語、ヴェンド語、クスアトル語、ユカタン語、ツィムベル語

*2:彼が翻訳したことのある国語──デンマーク語、英語、フランス語、ゲール語、イーディッシュ語、オランダ語スウェーデン語、スペイン語