モリエール「孤客」


本の整理をしていたらひょっこり出てきたので再読(辰野隆訳、岩波文庫)。

これはたしかに古典にあるまじき(?)おもしろさだ。メレディスが褒めるのも当然だが、さて芸術的に高いものかどうかとなると、ちょっと疑問が残る。というのも、この戯曲のおもしろさはマンガのおもしろさと同質だからで、だったらわざわざ外国の古いのを読まなくてもマンガを読んでいればいいじゃないか、ということになる。

モリエールの最高傑作がこの程度か、と思うとちょっと残念。

メレディスがぞっこん惚れこんでいるセリメーヌも私にはあんまり魅力的でなかった。こういう八方美人のコケティッシュな女はどこにでもいる。せめてちょっとは実(じつ)のあるところをみせてもらわないとね。

どうも私はフランス流のエスプリなるものが苦手らしい。映画などでもフランスのコメディは俳優が口角泡を飛ばして吼え猛っているような印象しかない。ことに舞台となると、フランス語の発音はねちっこいし、演技が大仰で、いかにもm'as- tu- vuといった臭味がある。

モリエールを心底好きになれないのも、そういったところが鼻につくからだと思う。

と、否定的なことを並べたが、最初にも書いたように、読む戯曲としておもしろいことだけは確かだ。これには辰野隆の翻訳者としての手腕が大きくものをいっている。あっさりしているようで、じつは言葉のはしばしにまで神経の行き届いたみごとな訳。

ことにセリメーヌやエリアントの台詞の美しさには参ってしまう。本格的なネカマをめざす人には恰好の教科書になるだろう。