極私的平井呈一論

先日Twitterで平井呈一の話題が出て、意外にも若い人にまでこの人の影響が及んでいるらしいことを知った。ネットで見てもおおむね好意的な記事がめだつ。私も「うん、平井呈一いいね」のひとことですませたいところなのだが、それではおもしろくない?ので、…

外国語の本と長くつきあっていく方法ひとつ

英語の勉強を中学高校の6年間だけでやめてしまう人が多いようだが、それはちょっともったいない。なぜなら、英語を知っているだけで読める本の幅がかなり広くなるから。邦訳がない、あるいは品切だといって嘆く人をよく見かけるが、英語ができれば原書なり…

アマチュア翻訳のすすめ

Cacoethes scribendiという言葉があって、「書きたがる悪癖」と訳される。物書きといわれる人々はまずこの性癖があって、それに促されて仕事をしているように見えるのだが、しかしたんにカコエテス・スクリベンディだけではおそらく不十分で、もうひとつ、ca…

文芸ガーリッシュとは何か

千野帽子さんの宣言にいわく、文芸ガーリッシュとは、「志は高く、心は狭い小娘のための、読書のスタイル」である、と*1。しかしこれだけでは何のことかよく分らない。ある種の文学少女の本の読み方のことなのか、と思ってしまってもおかしくない。さらに帽…

千野帽子「世界小娘文学全集──文芸ガーリッシュ 舶来篇」

先日読んでいたく感心したフランシス・ジャムの「三人の少女」が取り上げられているというので買ってみた(河出書房新社、2009年)。だれだかわからない少女に宛てて書かれた手紙の集録という体裁をとっている。全体は十章に分けられていて、それぞれの…

戦前の母親像

「少女の友」昭和15年3月号の読者投稿の短歌の課題は「母」。母を歌った少女たちの短歌が2ページにわたって掲載されているが、これを見て驚くのは「老いた母」を歌っているのがかなり多いこと。14,5の娘さんのお母さんならそんな年でもあるまいに、…

村岡花子のブック・レヴュー

「少女の友」に村岡花子による山川弥千枝「薔薇は生きてる」の書評が出ていたので、ここに載せておく(昭和13年2月号) この本の著者やちえさんは世に亡い少女です。普通でしたら私は著者の名の上に「故」とつけ、そして名前のあとにも「遺著」と書くはず…

シュオッブの遺稿集

去年(2009年)、マルセル・シュオッブの遺稿集が出たことをいまごろ知る。「マウア(Maua)」という題の本で、内容はかなりエロチックなものらしい。私もシュオビアンのはしくれとして、とりあえず発注しておいた。近日中に読めると思う。かつてピエー…

山川弥千枝「薔薇は生きてる」

id:seemoreglassさん経由で知った「薔薇は生きてる」という書物は、かつてこの世で人に愛しがられていた少女の可憐な幽魂を私のもとに送ってきた。私の部屋は反魂香の匂いならぬ薔薇の香りがときめいて、仄のりとした息吹が私の胸をせつなくする。それゆえ私…

イレーヌ・イレル=エルランジェのこと

id:Hadalyさんの旧ブログで紹介されていて興味をもった女流作家。そのときは「独身者の機械」というトピックのもとに包摂されるようなかたちで紹介されていた。そのHadalyさんの買われた本(「万華鏡の旅」)を私も買って読んでみたのだが、どうも内容がスト…

ゾラ「獣人」

読んだ本の感想を書くのもずいぶんサボっていて、ツイッターに数行書くだけで満足するようになってしまった。そもそもブログというのは時事性とともに生きているようなところがあって、新刊書の感想(というか紹介)には意味があるとしても、100年前に原…

フランス散文詩集ベスト10

inmymemoryさんの記事(私家版・十大フランス文学、……)に便乗して。といっても屋上屋を架すのは本意ではないので、ここはぐっと規模を縮小して散文詩に話を限定する。フランスの散文詩はベルトランの「夜のガスパール」とともに始まった、というのが文学史…

「よろしかったでしょうか?」について

ひとさまのエントリに乗っかるのはあまり好きではないが、長らくダイアリーから離れていて調子が出ないので、復帰のための練習のつもりで。http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091013/1255409629で、私はといえばこういう問題についてはまったく定見がなくて…

世界を救うための一案

結婚する理由として「親のため」「老後のため」があがっているのを見かけた。「親のため」はまあ納得できるとして、「老後のため」というのはどうだろうか。結婚したからといって安定した老後を送れる保障は何もないような気がするのだが。結婚のことはとも…

岡田暁生「音楽の聴き方」

岡田氏の中公新書の三冊目だが、けっきょくのところ題名につられて買った人には多大の失望を与えるような本だ。それにしても、いまどき客観的な「音楽の聴き方」を書物に求める人がいるだろうか。私がこの本に期待したのも、客観的かつ一般的な「聴き方」で…

マックス・ミドルトン&ロバート・アーワイ「アナザー・スリーパー」

先日の皆既日食で、なんかそんな題の曲があったなあ、と思っていてふと思い出したのが上記のアルバム。確認すると皆既日食ではなくて「Partial Eclipse / Total Madness」だった。このアルバム、ネットを見るかぎりけっこう要望がありそうなのに、いっこうに…

皆既とは

意味がわからないので調べてみた。以下諸橋漢和をまるうつし。 皆既(皆既食)日蝕または月蝕のとき、日又は月の全面が全く光を失う現象。既は尽、完全に食し尽す意。皆既蝕。全蝕。出典:〔春秋、桓、三、日有食之既、註〕既、尽也、云々、皆既者、正相当而…

「と」を入れてほしい

英語の「A and B」に対応する日本語は、基本的に「AとBと」である。もちろんんこれは基本であって、現実には後のほうの「と」は省略されることが多い。「罪と罰」が「罪と罰と」ではちょっとくどいだろう。しかし場合によっては後の「と」を略すと意味の伝…

ナイアラトテプとは

SerpentiNagaさんのところにあがっている「ニャルラトホテプ」。これはいったい何だ?と思って調べてみると、次のようなページが見つかった。 Nyarlathotep - Wikisource, the free online library これには朗読までついている。イギリスふうの発音が美しく…

森鴎外「即興詩人」(下)

調べてみると、この作品、青空文庫にも入っている(→ハンス・クリスチアン・アンデルセン Hans Christian Andersen 森鴎外訳 即興詩人 IMPROVISATOREN)。けっして読みにくくはないが、しかしこの長さをパソコンで読み通すのはちときびしい。こういうのはあ…

わが懐メロ集〜YouTubeより

最初に自分なりの懐メロの定義を。まず、なんらかのかたちで音源を所持しているものはすべて省いた。そういったものは数年にわたって聴いていることが多いので、当時もいまも「現役」であって、とうてい懐メロにはなりえないから。曲目も演奏者もわからない…

森鴎外「即興詩人」(上)

とりあえず上巻読了(岩波文庫)。明治の翻訳文学の傑作とされているもので、いずれ一度は、と思っていたが、ようやくいまごろになって読んだ。鴎外は私にとっては無敵の人である。ボードレールがゴーチエについていったimpeccableという形容は、ゴーチエよ…

内村鑑三「余は如何にして基督信徒となりし乎」

著者が英語で書いたエッセイを鈴木俊郎が訳したもの(岩波文庫、改訳版)。題名はものものしいが、内容はきわめて平明な文で書かれている。これは著者なりの「或る魂の発展」であって、じっさいこれを読んだストリンドベリは「青い本」に感想を書きとめてい…

ロンドン中世アンサンブル「この悪魔的な歌」

中世音楽のCDはとうぶん買わないと前に書いたが、またしても買ってしまった(The Medieval Ensemble of London, "Ce Diabolic Chant", L'Oiseau-Lyre, (P)1983, (C)2007)。例によって14世紀末の歌曲集(バラッド、ロンドー、ヴィルレー)。作者もシュゾワ…

ボードレールの新訳にふれて

anatorさんのおすすめに従って「ボードレール、マイヤー、ペイター」を買う。ネット古書で500円だった。これには「悪の華」の新訳(といってもすでに20年以上も前のものだが)が入っている。おまけ(?)とはいえ、ボードレール愛好家としては読まない…

ベラミー「顧りみれば」

岩波文庫のユートピア文学の四冊目(山本政喜訳)。もうそろそろ食傷気味かな、とも思うが、この本はおもしろかった。たぶんロマンス*1としての出来では他の三冊を圧倒している。ここに述べられた理想郷としてのボストン(2000年のボストン)にしても、…

「モネルの書」と「建築の七灯」

「モネル」第一部をやっとかたづける(→マルセル・シュオッブ「モネルの書」 - 翻訳文書館)。いろいろと怪しいところはあるが、とりわけわからないのは次の一節。Souffle sur la lampe de vie que le coureur te tend. Car toute lampe ancienne est fumeus…

マイエル「フッテン最後の日々」

スイスの文豪マイエルの長篇連作詩集(浅井真男訳、岩波文庫、昭和16年)。読む前はフッテンが人名とは知らず、「ポンペイ最後の日」からの連想で地名か何かかと思っていた。ウルリヒ・フォン・フッテンは実在の人物で、プロテスタンティズムの闘士であり…

ウィリアム・モリス「ユートピアだより」

岩波文庫のユートピアものの三冊目(松村達雄訳)。この本は便宜上(?)白帯に分類されているけれども、内容はほとんど文学作品なので、むしろ赤帯のほうが適当なように思う。そのことはとくに本書の後半に顕著で、そこで語られるテムズ河上りにはモリスの…

フリッツ・ラング「M」

いわずと知れた名作。きのうの日記でちょっと触れたので探してみると、これまたニコニコ動画にアップされている。古典的な映画に関してはもうパソコンがあればDVDを借りる必要もなさそうだ。M 1/8 - ニコニコ動画これはだいぶ前にビデオで見たが、筋はほ…