マイエル「フッテン最後の日々」


スイスの文豪マイエルの長篇連作詩集(浅井真男訳、岩波文庫、昭和16年)。読む前はフッテンが人名とは知らず、「ポンペイ最後の日」からの連想で地名か何かかと思っていた。ウルリヒ・フォン・フッテンは実在の人物で、プロテスタンティズムの闘士であり、またその殉教者でもあったらしい。この本は、晩年スイスのウーフェナウに隠棲していたフッテンがその生涯をかえりみてそれを詩に詠んだという体裁になっている。

フッテンがじっさいはどういう人物であったかはともかくとして、この本にみるフッテンはひとことでいえば「呪われた人」である。ありあまる才能をもち、生涯の前半では赫々たる武勲(精神面でも物質面でも)を残しながらも、けっきょくは時勢と折り合いがつかず、歴史の暗流に押し流されぼろくずのように死んでゆく敗残者。それでも純血種の人間にふさわしく、死のまぎわにあってもなお跳躍することをあきらめない硬骨の士。

マイエルがフッテンのなかに自分の精神的自画像あるいは理想像を見ていることは明らかだ。ここでのマイエルはまるでフッテンそのひとになりかわったかのように書いている。この本を作者名を伏せて読ませたら、だれでもフッテンが作者だと思うだろう。一種の文学的詐欺だが、マイエルには過去の歴史に自分を投影するのみならず、その歴史を想像のうちにみずから生きるようなところがある。

マイエルはブルクハルトの著作をひどく愛していて、とくに「イタリア・ルネサンスの文化」は生涯の愛読書だったらしい。ブルクハルトといえばニーチェとの関連がよく語られるけれども、スイスの精神史に属するものとして、このマイエルとの結びつきにも注目すべきものがあるように思う。