フランス散文詩集ベスト10
inmymemoryさんの記事(私家版・十大フランス文学、……)に便乗して。といっても屋上屋を架すのは本意ではないので、ここはぐっと規模を縮小して散文詩に話を限定する。
フランスの散文詩はベルトランの「夜のガスパール」とともに始まった、というのが文学史の定説のようだ。しかしこれ以前に散文詩がまったくなかったわけではないだろう。一巻にまとめられなくても、雑誌などに発表されたまま埋もれてしまった作品も少なくないと思われる。そういうものを掘り起こすのには考古学的なおもしろさがあるが、それは専門の人にまかせておくとして、とりあえずは「夜のガスパール」を第一番にもってこよう。
この詩集はなんともいえず硬い。硬質の、といってもいい。この硬さは銅版画の質感に相当する。じっさいこの作品くらい挿絵が似つかわしい詩集もない。ここに描き出されているのはいにしえのリヨンであり、パリである。作者はおそらく古い銅版画を眺めながら、それによって喚起されるイメージを自分なりに文字に定着させようとしたのだろう。そこには「現在」のつけいる余地はなく、もっぱら「過去」のみが凍結されたかたちで保存されている。
このベルトランの詩集を発展的に継承したのがボードレールの「パリの憂鬱」。といっても、ボードレールは新奇なものの愛好家として、過去のパリには目もくれない。彼が描き出すのはもっぱら同時代のパリの風俗であり、そこに生きるみずからの心象である。しかしこんにちではすでにボードレールのパリも「旧パリ」であることに違いはなく、これまたベルトランとは違った意味で「過去」が凍結された作品になっている。なおこの散文詩集にはあきらかにポオの影響をうけたと思われるコントのようなものも雑っている。以後のフランス散文詩にコントの要素が加わるのはボードレールが先鞭をつけたのである。
つづく世代のものではなんといってもマラルメの「ディヴァガシオン(そぞろごと)*1」とランボーの「イリュミナシオン(飾画)」に指を屈しなくてはならない。これら二作にもコント的な要素は見え隠れしているが、それよりも顕著なのはスタイルとしての散文詩の完成であり、もはやテクストとかエクリチュールとかいう語で呼ぶしかないような、形式と内容との渾然一体となった「作品」に仕上がっている。個人的にもこの二作がフランス散文詩の白眉ではないかと思っている。
同世代の作品として、ロートレアモン伯爵(イジドール・デュカス)の「マルドロールの歌」がある。これはかつて某訳者の文庫本を買い求めて読もうとしたことがあるが、あまりの悪訳(?)のため、冒頭数ページで放り出してしまった。その後何種類か邦訳が出たようなので、いずれまた手にとってみたい。なにしろ有名な本なので読まずにいるのは惜しい。
つづく世代のものとして、意外に知られていないがおもしろいものにユイスマンスの「薬味箱」がある。フランドル地方の静物画やタピスリーを見ているような趣の作品で、ベルトランの作品に先祖がえりしているようなところもある。グールモンはこの作品を評しながら「ユイスマンスは眼だ」と大見得をきった。
つづく世代はいわゆる象徴派の世代で、これらボードレールの破片たちの二流、三流の作品のうちには散文詩集も少なくないと思われるが、私が知っているのはそのうちのほんの一部にすぎない。
まずクローデルの「東方所観」。これは作者が外交官としてアジアへ赴任していたころのスケッチ集のようなもので、散文詩というより詩的エッセイといったほうがぴったりくるような作品。私はその一部分しか読んでいないので委細は省略する。
ともに似たような感興から生まれたものとして、シュオッブの「古希臘風俗鑑」とルイスの「ビリティスの歌」がある。前者は当時出土したばかりのヘロンダスの断片から、後者はメレアグロスの詩集から着想を得たものと思われる。こういう古典古代の贋物めいた再現前(ルプレザンタシオン)は、ドビュッシーやラヴェルの音楽*2にもうかがうことができるもので、当時の流行のようなものだった*3。
最後にあげるのはジャムの「夜の歌」。少女と小鳥とを歌う詩人らしい、ちょっと捉えどころのない詩的散文をあつめたもので、傑作ではないかもしれないが、彼のひととなりに興味をもつ人にはおもしろく読めるのではないか。個人的には彼の自由詩(というより行分け散文)よりも「あこがれ」の表出が少ないぶん気楽に読める。あのむせかえるような気分のないジャムはジャムでない、といわれればそれまでだが。
というわけで、後になるほど尻すぼみだが、なんとか十作品そろえてみた。
1.アロイジウス・ベルトラン「夜のガスパール」
2.シャルル・ボードレール「パリの憂鬱」
3.ステファヌ・マラルメ「ディヴァガシオン」
4.アルチュール・ランボー「イリュミナシオン」
5.ロートレアモン伯爵(イジドール・デュカス)「マルドロールの歌」
6.J.−K.ユイスマンス「薬味箱」
7.ポール・クローデル「東方所観」
8.マルセル・シュオッブ「古希臘風俗鑑」
9.ピエール・ルイス「ビリティスの歌」
10.フランシス・ジャム「夜の歌」
邦訳の情報およびアマゾンへのリンクは省略する。いずれも有名なものなので、検索すればすぐに出てくると思われるので。