ニコラス・ローグ「赤い影」


こわい、こわい! こんな映画は夜にひとりで見るものじゃない! 原題は DON'T LOOK NOW という無愛想なものだが、これと比べたら「赤い影」という邦題のほうがずっと象徴的で、しかも核心に迫っている。赤い影とはつまり死の影で、「死」が赤いレインコートを着てヴェニスの市街をうろついているというわけだ。

この映画に特徴的なのは、鏡が効果的に使われていることだろう。頻出する水のイメージも鏡像としての役割を果たしていることが多い。この鏡の反映、そのまた反映に、映ってはいけないものがちらりと映り込む。そのおそろしさ。

これでもかと繰り出される鏡像の見えざる中心にはつねに死の影がひそんでいる。その影にとりつかれ、振り回され、最後にはあたかもみずから求めるかのようにその中心に飛び込んでいく主人公。彼は自分で仕掛けたパラドックスの罠にはまってしまったのだろうか。

とにかく全篇に異様な緊迫感がみなぎっていて、一瞬たりとも画面から目が離せない。当然疲れるわけだが、そのあげくに死ぬほど怖い思いをさせられるのだからじつに割に合わない映画だ。しかしこういっためまいのするような体験が、映画以外の表現では味わうことができないのもまた事実である。五つ星をあげたいくらいの怪作。