ポオ「ユリイカ」


細切れの時間をなんとかやりくりしつつ読了。ポオの最晩年の著作とのことだが、もうこのころになるとかつての「印象と効果」の理論家ポオは影をひそめて、その代りに彼の生地である中二的心性が全開になっている。中二的といっても貶しているのではない、むしろこれは最大限の褒め言葉のつもりなのである。彼はアルコール中毒で心身ともにぼろぼろになりながらも、少年のころに胚胎した夢を終生見失うことはなかった。そういう見地からすると、「アル・アーラーフ」で始まった彼の作家としての軌跡が「ユリイカ」に収斂していくさまは壮観としかいいようがない。

この作品を、詩の側からする科学への真向勝負と見ることもできるだろう。しかしポオはおそらく科学を真正の敵とはみなしていない。それどころか、科学の開示する美にはことのほか敏感だったと思わざるをえない。科学の開示する美、すなわち「各部分の調和ある排列から出づるところの、また純粋な知性がつかみ得るところの、かのいっそう内面的な美」(ポアンカレ)である。

プラトンがその「国家篇」を「エルの神話」をもって閉じたように、ポオもまた彼の宇宙論を一種の神話で締めくくっている。この部分にポオの詩と真実との渾然たる(もしくは混沌たる)調和を読み取りたいと思う。