クライスト「ペンテジレーア」


ちょっと間があいてしまったが、クライストのつづき(吹田順助訳、岩波文庫)。これはたぶんクライストの作品のなかでもとびきりの異色作だろう。百年後のマゾッホが書いたといっても通用するような残酷劇。

舞台はトロヤ近郊の荒野で、ギリシャ軍がトロヤ人と戦っている最中に、アマツォーネ(すなわちアマゾン)の襲撃にあう。アマツォーネの女王ペンテジレーアは、母の遺言に従って、ギリシャの武将アヒル(すなわちアキレス)を夫にむかえるべく、ギリシャ軍に兵を差し向けたのである。というのも、アマツォーネの婚礼は一種の略奪婚で、夫となる男は他国から捕虜として生け捕りにされなければならないのだ。こうして、アヒルとペンテジレーアとの運命的な出会い、そして恋愛がはじまるのだが……

この恋愛は、しかしロマンチックな要素はほとんどなく、もっぱら男女間の性的な力学、食うか食われるかの戦いに終始する。劇の中盤でつかのまの恋の夢にひたった二人は、やがて現実の要求する戦い、すなわち決闘へと引きずられてゆき、双方のささやかな、しかし決定的な思惑違いのためにおそるべき結末を招くことになる。

この本を読みながら思い出したのは、ボードレールの「決闘」という詩だ。これはまさに「ペンテジレーア」に想をえて書かれたものではないかと思う。「残忍きわまるアマゾンよ」という呼びかけは、ペンテジレーアにはまことにうってつけだ。ボードレールと資質的に近いのは、ホフマンではなくてクライストのほうではないか、と思ってしまう。

それにしても、こんなとんでもない作品を1941年(昭和16年)に出した岩波文庫はえらい。岩波文庫にはあとクライストの作品として「O公爵夫人」というのがある。これもぜひ取り寄せて読んでみたい。


(付記)
吹田順助はアマゾンを「女軍」とか「処女軍」とか訳しているが、手塚富雄はたしか「娘子軍」と訳していた。さすが。