渡辺一夫「乱世の日記」


「著作集」の9巻に収められているのを読んだ。叙述のスタイルは「戦国明暗二人妃」と同工異曲で、「シャルル6世、シャルル7世治下におけるパリ一市民の日記」を骨子としながら、渡辺流のコメントを付していくという書き方になっている。それにしても、この本のわかりやすさ、読みやすさはちょっと類がないのではないかと思う。ホイジンガの闊達な(闊達すぎる?)本のあとで読むと、なるほどそうだったのかと史実的に納得できる部分も少なくない。

本文もおもしろいが、それに輪をかけておもしろいのが註だ。これは著者がホイジンガの訳者の堀越孝一氏の批判に答えるというかたちになっている。堀越氏が重箱の隅をつつくような、ほとんど揚げ足取りとも受け取られかねない意地のわるい批判をしているのがまずおもしろいし、いっぽうの渡辺一夫が、うわべはいつもの低姿勢に終始しながら、そのじついかにも腹にすえかねるといった気持を行間ににじませているのもおもしろい。

堀越氏の批判は、ひとことでいえば渡辺の歴史叙述があまりにも「わたくし」を投影しすぎていることに向けられている。堀越氏はこれを「感情移入」と呼ぶ。まあ、その点に関しては当っていなくもないと思うが、堀越氏はこの点を強調するあまり、自分自身が渡辺について一種の感情移入(偏見といったほうがいいか)に陥っていることに気づいていないようだ。このあたりにも堀越氏の「痛い人」ぶりが如実にあらわれている。

それにしても、キレた渡辺一夫がついに開きなおって、みずから「私のごとき「感情移入」常習者にとって……」となかばヤケクソ気味に書いているのには思わず笑ってしまった。ここには「ユマニストのいやしさ」ならぬ「ユマニストのおかしさ」がある。こういうところがたまらなくいいんだなあ、渡辺一夫というひとは。