プロチノス「善なるもの一なるもの」


これはたぶん岩波文庫の青帯のなかでも有数の良書だと思う(田中美知太郎訳)。本文、解説ともに間然するところがない。いままで不得要領だったネオ・プラトニズムだが、この本を読んでその核心ともいうべきものをつかんだような気がする。

プロチノスの思想は、おおざっぱにいえば、神秘主義形而上学とをかけあわせた一種の魔術的宗教だ。それはそれで魅力的なのだが、とくにオリジナルなものではない。しかし、「解説」を読むと、こういうものが第三世紀に出たことには、歴史的な必然性があったことがわかる。これはシンクレティズムの時代に要請された一種の「総合」なのだ。

シンクレティズムの時代といってもあまりピンとこないかもしれないが、たとえば、ローマ皇帝セウェルスの妻ユリアのサロンに、医者にしてプラトン学者であるガレノス、「哲学者列伝」の著者のディオゲネス・ラエルティオス、「デイプノソピスタイ」の著者のアテナイオス、「テュアナのアポロニオス伝」の著者のピロストラトスなどが出入りしていた(かもしれない)時代、といえば、なんとなくイメージが浮かぶのではないか。

そして、これら新ピュタゴラス派と呼ばれる一群の思想家たちの直系の後継者がプロチノスなのである。彼の功績は、そういう過去の伝統を受け継ぎながら、そこにのちのキリスト教神秘主義に通じるユダヤ的な要素を加味したことだろう。じっさい、「善なるもの一なるもの」を読んでいると、どうしても聖テレジアの「霊魂の城」やイグナチオの「霊操」を思い出してしまう。

いずれにせよ、わずか150ページほどのコンパクトな形態のなかにこれだけの内容を盛り込んだ田中美知太郎の力量には恐れ入るばかりだ。この人のほかの本も読んでみたくなった。