ふたつの「月の光」


大昔の話。たまたまつけたラジオで「名詩名曲」というのをやっていたので聴いてみた。解説は粟津則雄さん。私はこの番組でフランス歌曲にはじめて触れたのだが、そこで紹介されたふたつの「月の光」、すなわちフォーレのものとドビュッシーのものとの聴き比べにおいて、どうしてああも簡単にドビュッシーに軍配をあげてしまったのか、いまとなってはよくわからない。しかしそのとき、たった一曲聴いただけで「フォーレはつまらん、ドビュッシーはすばらしい」と思い込んでしまった、その勘のようなものは、意外にしぶとく自分の中に根を張っていて、おそらく現在の私の嗜好をさえも陰で支配していると思われる、「フォーレはつまらん、ドビュッシーはすばらしい……」

粟津さんは往年のファンらしく、その番組で紹介されるディスクも古いものばかりだった、たとえばボードレールの「旅の誘い」ではシャルル・パンゼラのものをかける、といった具合に。しかし音源の古さが曲自体の古さと妙にマッチしていてとてもいい感じだったのを覚えている。氏の語り口もおだやかで、子供心になんと品のいい番組だろう、と感心していた。

ところで、あの番組で流れたドビュッシーの「月の光」はだれの演奏だったのだろうか、メモしておくのを忘れたのでいまとなっては確かめようがない。しかし全体の流れからして、どうもマギー・テイトのものだったような気がする。戦前から聴かれているフランス歌曲では彼女のものがいちばんポピュラーだったらしいから。

それにしてもあのとき聴かせてもらった演奏はすばらしかった、まさに月光と化学との魔術、曲そのものが青白い月の光を浴びて妖しく輝いているような印象だった。

こんにちの私はもはや「フォーレはつまらん、ドビュッシーはすばらしい」とのみは思っていない、ただこの二曲を聴き返してみて、少年時代に自分の嗜好を決したなにものかの存在を思うばかりだ。


それぞれの曲をyoutubeにアップしてみたので、お暇な方は聴き比べをなさっては如何?


(参考)歌詞の解説ページ