ルーセル「賢い妻の返答」


ハーバート・A・ジャイルズがほぼ一世紀前に出した「支那詩選」から、アンリ・ピエール・ロシェが仏訳した一篇をとって、アルベール・ルーセルが曲をつけたものに、「賢い妻の返答(Réponse d'une épouse sage)」というのがある。ちょっとミステリアスな曲で、ルーセルの歌曲のうちでは比較的有名なほうだと思う。



詩の内容はざっと下記のとおり(仏訳による)

貴方は私が人妻であると知りながら
二粒の高価な真珠を贈って下さいました
私には貴方の御気持がよく分りますゆえ
着物の絹にその真珠をそっと置きました


私の家は名門につらなり
良人は近衛に仕える将軍でございます
貴方のような方にはこう仰って戴きとうございましたわ
夫婦の絆は永久に断たれじ、と


二粒の真珠にそえて二滴の涙をお返し致します
もっと早くに貴方とお知り合いになれなかったがゆえに零す涙の二滴を


さて、私が前から疑問に思っていたのは、この詩はいったいだれの作なのか、ということだった。内容からしてもふつうの漢詩ぽくないし、もしかしたらジャイルズの捏造なのではないか、とも思った。そこでネットで調べてみると、意外にあっさりと次のページが見つかった。

そこにはChang Chi(710-782)の作であることがはっきりと書いてある。

で、今度はChang Chiについて調べてみたら、ジャイルズの本の記述がみつかった。ここにはさらにオリジナルの英訳まで出ている。

ここまでくればあと一歩だ、と思ったが、どうもChang Chiという名前ではシナの詩人が引っかかってこない。しかししつこく検索していると、とうとう張籍という詩人が引っかかった。

このページには「節婦吟」という題でくだんの詩の原詩が出ている。なるほど、これがジャイルズ→ロシェ→ルーセルアメリンクという経路をへて私のところにまで届いた手紙の原形だったんだな、と思った。

なお、ウィキペディアの訓読はちょっと信用できないところがあるので、「節婦吟」についてはむしろ下記のpdfを参照したほうがいいかもしれない。こういうのが只で読めるのもネットのすばらしいところだろう。

それしにしても、張籍のことをジャイルズは7世紀の人といい、べつの人は(710-782)の人といい、ウィキペディアの記者は(766? - 830?)といっている。それぞれ根拠があるのかもしれないが、そこまで調べるほどの情熱はいまのところない。