「イビッド」競訳のこと


以前 id:SerpentiNaga さんにラヴクラフトの「イビッド」を二人で訳してみませんか、と話をもちかけたところ、快く承諾してくださった。二人で訳すといってもいわゆる共訳ではなくて、別々に訳したものをあとで見せ合うという、ただそれだけのもの。

じつはそのときまで私は「イビッド」という作品のことをまったく知らず、ツイッターで話題にならなければ今後も長く読むことはなかったかもしれない。それはともかくとして、このたびめでたくSerpentiNagaさんの訳が完成したというので、私のも近いうちに公開できると思う。

ここでは翻訳について思うことをいくつか書いておきたい。

よく分らなかったのは、本文の最初と最後の部分。最初にIbidとCf.とOp.Cit.とが出てくるのだが、この三者の関係が読み取れなかった。そこでSerpentiNagaさんに尋ねてみると、次のような回答がきた。

江波倉子(CV雨宮伊都) on Twitter: "@sbiaco (大意)「イビッド Ibid が『英国詩人列伝』の著者だなんて冗談言っちゃ困ります。『詩人列伝』の著者なら Cf. ことコンファー Confer (~を参照せよ)に決まってるじゃないですか。イビッド(同書)が書いた傑作は『Op. Cit. (前掲書)』ですよ?」"

なるほどそういうことか、と目からウロコの落ちる思いだったが、これを自分の訳文にうまく反映させることができなかったので、誤訳のままにしてある。全体的にボロボロなのに一部だけ手直ししてもかえって変なのではないか、という気持もある。ボロはボロなりに一貫性があったほうがいいだろう。

次に最後の部分というのは、イビッドの頭蓋骨が地下から出てくるところ。そこに "full in the rifted roadway" という描写がある。私はこれを「隆起した大道をいっぱいに塞いで」と訳したが、道を塞ぐほどの頭蓋骨というのはかなりに巨大なものなのではないか。となると、イビッドの頭蓋骨は地中で大きくなったのか? よくわからないが、これも自分の読み違いの可能性がある。

あと、言葉遊びに類する表現は訳出するのを諦めた。どうがんばってもできないことを試みるのは時間の無駄だから。そのせいで、全体はまるでウィキペディアの記事のように味気ないものとなっている。まあそれはそれで仕方がない。

しかしこの作品の本質がたんに言葉遊びにあるだけではないとしたら、その本質的なおもしろさのほうはうまく掬い上げることができたか、というと、そっちのほうでも自信はない。どうにも笑いのツボが押えきれていないのだ。競訳の約束がなければこんなものは人目にさらすべきではないのかもしれない。

というわけでかなりよれよれの訳文になっている。そのよれ具合を笑ってもらいたいというマゾ的な楽しみもないわけではないのだが。


(追記)
riftedをliftedと勘違いしていた。これは訂正しておかねば……しかしこの調子だとあとどれだけ間違いがあることやら。


(追記2、9/21)
拙訳はgooブログにアップしたので、そちらをご覧ください。改行が少ないので読みにくいと思いますが、いちおう原文どおりです。
ラヴクラフト「イビッド」 - 翻訳文書館


(追記3、9/21)
SerpentiNagaさんの訳にリンクを張っておく。これを読むと私のがずいぶんみすぼらしくみえる。しかしそれはあらかじめ分っていたことだからいいとして、やっぱり自分の誤訳が気になるな。こっそり直しておくべきか……
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト「イビッド」 - SerpentiNagaの蛇行記録