色情突起の話


現場作業でヘルメットをかぶろうとした同僚が、なんだか後頭部がひっかかってかぶりにくい、という。私はそれをきいて、もしかしたら色情突起がじゃましてるんじゃないか、といった。「色情突起て何ですか?」と同僚。そういわれてみれば、私もこの突起についてくわしく知っているわけではない。ただ、後頭部にある突起をこう呼ぶことだけ知っている。色情というくらいだから、たぶん性欲旺盛なやつの後頭部にあらわれるんじゃないかな、といってお茶をにごしておいた。

さて、帰ってからネットで調べてみたが、色情突起というのは検索しても出てこない。しかし私がでたらめをいっているのでないことは、次にあげる証言によってもあきらかだ。

林(髞) 一八六〇年ごろにね、骨相学というのが流行しました。骨相学の祖はゴルだと言われていますが、そうじゃあなく子分のスプルツハイムってんです。その連中がどこの部分が出っ張ってれば愛情が深いとかなんとか言いましたけれども、ウソなんです。
徳川(無声) ウソだということは判ったわけですな。
辰野(隆) 今は昔、貴様の後頭部には色情突起がある、と言われたんですがね。実に無気味な小突起で、ぼくは色情で乱行したことは絶対にないから、あれはまちがいですよ。
林 大きいとどうだというわけではないですな。……(「随筆寄席」昭和29年より)

なんでこんなことが引っかかったかといえば、自分の後頭部にもこれがあるから。

グーグルには「色情突起」は出ていないけれども、「後頭部、突起」で検索するといくつか記事が出てくる。それらを読んでいると、「反骨の精神」とかいうときの「反骨」がこれにあたる、という珍説が出ていた。ほんとうか?と思って手近の辞書で調べてみたがよくわからない。反骨は叛骨とも書くらしい、ということだけわかった。

けっきょく色情突起の由来も、反骨の何たるかもわからずじまいだったが、ボードレールの言に「(フランス)革命は色欲さかんなるもの(des voluptueux)に依って成った」というのがあるらしいから(石川淳「文林通言」による)、このふたつ(色情と反骨と)が後頭葉において出会ったとしてもふしぎはないという気もする。