バッハ「ミサ曲ロ短調」


フランツさんのご紹介(エリー・アーメリングのクリスマス・ソング集: Taubenpost~歌曲雑感)で久々にアメリンクのCD(クリスマス・ソング集)を買う。それとはべつに、ミュンヒンガーの「ミサ曲ロ短調」が廉価盤で再発になっていたので、これも買ってみた。バッハのおもだった宗教曲(声楽)はミュンヒンガーのもので揃えたいと思っていたが、今回の買い物でどうにかその念願がかなった。

「ミサ曲ロ短調」といえば、この前買ったDHMのボックスセットにも入っている。それ以外にも実演で日本のなんとかいう楽団のものを聴いたことがある。どちらもいい演奏だと思うが、最初にリヒターのものを聴いたときほどの衝撃はない。これは私が子供のころ、ヘッドホンをつけてFMを聴いていたとき、いきなりあの絶叫のような冒頭の合唱がとどろきわたって、心臓がとまりそうになるほど驚かされた。ほとんど恐怖を感じたね、あのときは。

ともかくそんなわけでリヒター盤を買ってよく聴いていたのだが、正直いってこれがすぐれた演奏なのかどうかはつねに疑問だった。ネットをちらちら見るようになってからも、リヒター盤をくさすような評があちこちに書かれているのが気になっていた。

で、今回ミュンヒンガー盤を聴いたわけだが、これを聴いてリヒター盤がほぼ異論の余地なく名盤であることを確信した。こんな演奏はもう今後は出てこないのではないか。そう思ってしまうほど、この演奏は至高の境地を指し示している。歌手だけとってみても、シュターダー、テッパー、ヘフリガー、フィッシャー=ディースカウといったラインナップが、どれほど得がたい逸材ぞろいだったか、他の盤を聴くとよくわかるのだ。

冒頭の「キリエ」を例にとってみると、リヒターはこの三曲に独自の味付けをして、一曲目はカトリックふう、二曲目はプロテスタントふう、三曲目はギリシャ正教ふうと、みごとにそのトーンを変えている。ややもすれば単調になりがちの曲集が、こういう工夫をこらすことによって絵巻物のようにバラエティに富んだものになる。いや、絵巻物などという平面的なものではなく、ここにはほとんど建造物のような三次元的な立体感が感じられる。

私の思うに、すぐれた演奏家というのは音楽に立体感をあたえられる人をさすのではないか。もっともCDの場合、録音のよしあしもおおいに関係するだろうけれども。

というわけで、最近人気のない(?)リヒターだが、ことバッハに関するかぎり、私はこの人にどこまでもついていこうと心にきめたのだった。