「サラ・ヴォーン・イン・ザ・ランド・オブ・ハイファイ」

sbiaco2008-11-19



1955年録音の作品(ユニバーサル・ミュージック発売。原盤はエマーシー)。このうちの一曲、「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」がたまたまカセットに録音してあって、それを繰り返し聴いていた私は、いつかこの曲が入ったフル・アルバムを聴いてみたいと思っていた。しかしどのアルバムに入っているのかわからず、そうこうするうちに長年月がたってしまった。今回、Last.fmというサイトでこのアルバムに入っていることをつきとめたので、思いきって買ってみた。

ジャズ・ヴォーカルは私の好んで聴くジャンルではなく、そのうちでもサラはその独特の節回しがあまり好きではなくて敬遠していたが、この「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」はすばらしくて、カセットで何度も繰り返し聴いていた。まずドライヴ感がものすごい。バックはビッグ・バンドでゴージャスだし、途中で出てくるサックス・ソロは淀みないフレーズを艶っぽい音色にのせて思いきり歌いまくっている*1。これはサラの全盛期の録音ではないか、と勝手に思いこんでいたが、この思いこみは半分は当っていて、半分は外れていた。

当っていたというのは、帯に「ジャズ・ヴォーカルの女王サラ・ヴォーンの全盛時代の名作!」と書いてあるから。外れていたというのは、この「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」以外の曲はたいした出来ではなかったから。

サラといえば、後年のおっさんみたいな声のライヴを聴いて、これはおれには合わないな、と思っていた。その萌芽が、すでにこのころの録音にもあらわれている。ヴォーカリストというのは声は変ってもその歌いまわしというかフレージングは意外と変らないものだ。とくに若いときにスタイルを確立したような人はそう。若年にしてすでに貫禄十分というような人は年をとるとほとんど貫禄だけで勝負するようになる。匠気、という言葉はサラの歌にはぴったりとあてはまる。

それともうひとつ書いておきたいのは、かつてカセットテープで繰り返し聴いていたものと、今回CDで聴くものとは微妙に、しかし決定的にちがっている。これはカセットテープのマジックのひとつだと思うが、その録音に付随するあらゆる悪条件にもかかわらず、カセット音源にはふしぎに音楽そのものに聴き手をひきずりこむ魔力のようなものがある。カセットで聴いていたものをCDで買いなおしたが、かつての感動は味わえなかった、というような話はよくきくところだ。

さて、そのカセットにはもう一曲サラの歌として「思い出のサンフランシスコ」が入っている。これも繰り返し聴いたものだ。ちょっとエコーが効きすぎで音程が不確かになっているところもあるが、そのぶん深々としたヴィブラートの効果満点で、聴くたびに「なんという歌手だろう!」と感嘆してしまう。ただ惜しいことに、最後の盛り上がりのところでテープが切れている。これが残念でならなかった。

この「思い出のサンフランシスコ」も上記のサイトで入っているアルバムがわかったので、買おうと思えばいつでも買えるのだが、さてCDで聴いてみたらどうだろうか。

*1:今回CDを買って、これがキャノンボール・アダレイのデビュー当時の演奏だということがわかった。この人、若いときからめちゃくちゃうまかったんだな