極私的歌謡曲論あるいはyou tube始末記


you tubeを見る楽しみのひとつは、自分が子供のころに出た映像をさがすことにある。思いきり後ろ向きの快楽だが、ほっといてくれ、おっさんにはおっさんの楽しみがある。こういうのは若いモンには味わえまい、とやや自嘲ぎみに開き直っておく。

さて、自分が思い出せるかぎり古い歌謡曲はなにか。それが岸洋子の「希望」と森山加代子の「白い蝶のサンバ」だった。これより古いので記憶にあるものもあるにはあるが、それはのちになって形成された擬似記憶の可能性がある。ここにあげた二曲に関しては、それを聴いた(というよりテレビで見たのだが)シチュエーションまではっきりとおぼえている。だから、この二曲をもって<私にとっての>歌謡曲のはじまりとみなしてもさしつかえないだろう。

デイトを確認すると、1970年。

そして、ニューミュージックという名前で従来の歌謡曲とはテイストの違う音楽が出てきたのがたぶん1980年前後。そんなわけで、私にとっての歌謡曲は1970年代の10年間に出たものがほぼそのすべてだ。

で、この10年間、歌謡曲は自分にとってなんだったか、といえば、それは9割の無関心と1割の軽蔑の対象だった*1。アイドルに熱中した記憶もなければ、レコードを買ったこともない。ただなんとなく流れている音楽、という認識しかなかった。

それでもおそろしいことに、この10年間に出た曲に関しては、年間のベスト10になったほどのものならほとんどすべて知っている。あらためて流行歌の浸透力のつよさに驚く。

今回you tubeで当時の映像を確認してみて、なるほどこんなふうだったなー、と思いながら、ふしぎなことにまったくノスタルジックな気分にはならなかった。いや、それはふしぎでもなんでもない。というのも、上に書いたように、私にとって歌謡曲は明らかにアクシデンタルな存在であって、いささかも熱中の対象ではなかったのだから。

しかし、それらの映像に寄せられたコメントをみていると、これらの歌手や楽曲がいかに当時の人々に愛され、親しまれていたかがわかって、こっちのほうにかえって胸が痛くなるほどのノスタルジーを感じてしまった。そして、そういうところに、当時はわからなかった歌謡曲の偉大さを見出すことになった。

ではその偉大さとはなにか、といえば、レコードからステージにいたるまで、大衆の最大公約数的な欲求に応えるべく、その道のプロたち*2が総力を結集してつくりあげた「商品」だということにつきる。年末の紅白歌合戦はそういう粒よりの商品の大々的なお披露目であり、その総決算だった。およそニッチ産業からもっともほど遠いもの、それが当時の歌謡曲だったといってもいいだろう。もっとも、歌謡曲のこういうあり方がその後の低迷をまねくことになるのだが、それはまたべつの話だ。

you tubeに見る、当時の歌手たちの輝きは、まさに「あだ花」という言葉を思い出させる。あだ花であればこそ、その絶頂期はいやがうえにも輝きわたったのであり、エフェメラルであればこそ、その輝きは時代の風景とともに聴き手の心にふかく刻みつけられたのだろう。

極私的に書こうと思いながら、いつのまにか一般論になってしまった。まあ、私的なことを書いていてはきりがないので、このへんでやめておこう。

*1:この間、自分の関心は決定的に洋楽に傾いたから

*2:作曲家、作詞家、演奏家、歌手、演出家、製作者etc.