マキアヴェッリ「君主論」


いま勤めている会社がつぶれそうなので、ふと思いついて手にとってみた(黒田正利訳、岩波文庫)。やはり思ったとおり、この本は会社の経営にも応用できる。そういう読み方が邪道であることは承知しているつもりだが、いまの私にはそんなふうにしか読めない。もっとも、この本を実用面で活かして使うならそういう読み方しかないだろう。ちょうどあの長大な「徳川家康」(作者失念)を経営学の方面から読むように。

マキアヴェッリがこの本で説いている帝王学(!)は、さすがに古典だけのことはあって、しごくまっとうなものだ。根本的な思想は「国家の礎は国民軍にあり」ということ。これを会社経営になぞらえていえば、バイトや派遣にたよらず社員(とくに営業)を充実させろ、ということになるだろう。うちの会社はマキアヴェッリの説の正反対をやっていたことになる。そのほかにも、彼の意見をきいていると耳の痛いことが多い。

「病気の初期にはこれを治すことは容易であるが、診断は困難である。……国家の事もこれと等しく、……それ(将来の変事)を予知することができないで誰が見てもわかるまでに進行させたら、もう治療の方法はない」

国家を企業と置きかえれば、これはうちの会社にそのままあてはまる。

さて、マキアヴェッリの所論はともかくとして、彼がこういう国家論を作り出す前提になった当時のイタリアの情勢だが、とても一口にはいえないくらい紛糾していて、ブルクハルト流のスタティックな記述ではカバーしきれないダイナミズムをそなえている。このあたり、もう一度根本的に勉強しなおしてみたい。

マキアヴェッリは実務一辺倒の人ではなく、歴史書のほかにも小説や詩や戯曲の作がある。かつてはこういったものも翻訳紹介されていたようだが、最近はまったくお目にかからない。彼の「魔王ベルファゴール物語」はかのロデリック・アッシャーも一本を所蔵していたというから、私も古本屋で注意しておくことにしよう。