「極北」の意味


ブロワの小説「絶望した男」にhyperboreenという言葉が出てくる。辞書をひくと、「極北の、北方の」と説明が出ている。この「極北」という言葉だが、かつていろんな辞書を引いてみたところ、いずれも「北の果て」というような説明しか出ていなくてふしぎに思ったことがある。というのも、この言葉の用例としては比喩的な使い方(「〜の極北」といったもの)のほうが多いような気がするからだ。

「極北」という言葉を最初に見たのは芥川の「文芸的な、余りに文芸的な」(昭和2年)で、そこには「文芸上の極北は──或は最も文芸的な文芸は、云々」とあった。こういう使い方は芥川以前にもあったのだろうか。

ネットで調べても、「〜の極北」という用例は少なくない。「広辞苑」の新版が出るそうだが、そこではどうなっているかちょっと興味がある。慣用として知れきっているから説明する必要はない、では辞書の怠慢を責められても仕方ないだろうから。

なお、ブロアの小説のhyperboreenはちょっと意味合いが違っていて、「凍てつくような、氷のような、寒々とした」といった意味で使われている(l'attendrissements hyperboreens)。いまの俗語の「寒い」にも通じる用法でおもしろいと思った。


(追記)
研究社の「現代英和辞典」には、hyperboreanの説明として「〔ギリシャ神話〕北方浄土の地に住む人々(の)」とある。古代ギリシャ人から見て北方とはどのあたりのことを指すのだろうか。バイイの希仏辞書を見るとスキタイの北あたりで、ここの住民は南方の人々よりも幸せに長生きしたと信じられたらしい。

それよりさらに北になると、こんどはいわゆるキンメリア地方になって、そっちは常夜の国、常闇の国としてあまりいいイメージをもたれていなかったようだ。ランボーの「地獄の季節」にも「この世の果て、シンメリーの果て、旋風と影との国へ」とあるとおり。

スキタイ、キンメリアなどは、こんにちでいえばウクライナにあたる。こういったところが古代ギリシャ人にとっての「極北」だったらしい。