平井呈一「真夜中の檻」


怪奇小説の翻訳で有名な平井呈一の小説とエッセイとを集めた文集(創元推理文庫、2000年)。エッセイのほうはまあこんなもんかという感じ。どうもこの人の怪談エッセイは安っぽくてつまらない。これはたぶん、平井呈一の読んでいるのがそこらにざらに転がっている安本であるためではないかと思う。粗悪な紙に印刷されたペーパーバックをがりがりと読んでいるような印象があるのだ。これではこちらとしては興味をもちにくい。由良君美みたいに豪華本ばかり紹介するのも嫌味ったらしいが、やはり紹介者としてはそういう面も必要なのではないか。手が届きそうで届かないところに事象を置くというのは、あらゆる誘惑者にとっての要諦ではないかと思う。

というわけで、エッセイはどうでもいいとして、この本に収録された小説だが、これがすばらしい。「真夜中の檻」なんか、子供が読んだらトラウマになりそうな怖さだ。たんに怖いだけでもたいしたものだが、また道具立てが凝っていて、田舎のばかでかい屋敷、そこにひとりで住む美貌の未亡人、因果の果ての化けもの、夜毎おとずれるスクブス、白痴と妖魅との交歓など、日本的でもあり西洋的でもある怪異の連関がじつにうまく使ってある。アマチュアの作としてこれほどすぐれたものがほかにあるだろうか。

カバーの裏には、「本邦ホラー屈指の傑作として名高い」とあるから、たぶんその道では有名なのだろう。この本じたい、いまから7年も前に出たもので、すでに読むべきひとはとっくに読んでいると思われるから、ここで詳しい紹介はしないけれども、もしホラー好きでこの小説を読んだことがないひとがいれば、ぜひ一本買っておくことをおすすめする。いまなら古書価もそれほど高くはない。

併収の「エイプリル・フール」は打って変ってジャック・フィニイふうの恋愛ファンタジー。この小説では1950年代の銀座風俗の描写がすばらしい。喫茶店ひとつとってもいまとはぜんぜん違う。たんに時代が移ったといえばそれまでだが、この時代の推移ということが、この小説を二重の意味でノスタルジックなものにしている。そういうところがたまらなく魅力的だ。

著者はこの二つしか小説を書いていないようだが、私なんかにはこの二つだけで十分だ。量を犠牲にして質に徹することで、アマチュアの仕事がプロの仕事を超えたひとつの例。