ジャック・ブルース「シングス・ウィ・ライク」

sbiaco2007-03-22



njkさんからジャック・ブルースの「シングス・ウィ・ライク」について書いてほしいというリクエストがあったので、この機会に少し書いておこう。

このレコードと出会ったのは、二十代の終わりごろ、某中古屋でのことだ。マクラフリンが参加しているというので興味をもったのだが、たぶんライフ・タイムのようなロックをやっているんだろう、と思っただけでとくに期待もしなかった。ところが家に帰って聴いてみると、ロックというより前衛ジャズの色合いが濃い。なにより驚いたのは、それまでエレキ・ベーシストだとばかり思っていたジャック・ブルースがウッド・ベースを弾いていることだ。

1曲目、いきなりリディアン・モードを2オクターヴ駆け上がるベースのリフからはじまる。これをあのジャック・ブルースが弾いているとはにわかには信じがたい。これはもうエレキ・ベーシストがシャレで弾いているウッドの音ではない。彼が若いころジャズをやっていたことは知っていたが、まさかこれほどのものだったとは……というのがこのレコードを聴いた第一印象だった。

2曲目で聴ける残響音を効かせたアルコの音もすばらしい。ヴィトウスのようなエクセントリックなものではないが、この音には、イギリスの音大でチェロを習っていたというブルースの経歴がみごとに生かされている。ハーモニクスを鳴らしてからピチカートに転じたあとの音の深さ、豊かさ。これはもう参りましたというしかない。

ここでドラムを叩いているのはジョン・ハイズマン。このドラムも音数がやたらに多いわりにはグルーヴ感をそこなっていない。1曲目のドラム・ソロは短いながらもツボを押さえた演奏で、こういうのを聴くと、だらだらとただ長いだけのドラム・ソロがばかみたいにみえてくる。

3曲目以降はギターにマクラフリンが加わり、徐々にジャズ・ロック色が濃くなっていく。といっても、このレコードでの彼は、音こそ歪ませているもののわりとおとなしめで、「エクストラポレーション」あたりの演奏を期待するとあてがはずれる。イキそうでイカないのではなく、はじめからイク気がないみたいだ。しかし、4曲目のバラードに聴かれるバッキングなどはさすがに絶妙で、マクラフリンの音楽的な素養の深さ、というよりも天性の和声感覚を感じさせる。

サックスのディック・ヘクストール=スミスは見た目どおりの(?)変態で、ときにローランド・カークばりにソプラノとテナーとを同時に吹く。音色がちょっとねっとりしているので好き嫌いがわかれそうだが、3曲目のブルースや4曲目のバラードでは意外に歌心にあふれたフレーズを吹いていて、わりとまともな人なのかも、と思う。いずれにせよ、彼のソプラノ=テナー同時奏法がこのレコードのひとつのカラーを決定づけていることは確実だ。

というわけで、かなり個性的なメンバーを集めてのセッションなのだが、やはり全体としていちばんつよく私をとらえたのは演奏者としてのジャック・ブルースの器量の大きさ、わけてもその音色だった。じっさいこのレコードを聴いて彼に対する見方が変わるとともに、ウッド・ベースという楽器そのものに対する見方も変わってしまった。ここに聴かれる豊かな音色がどうしても忘れられず、ついにある日決心して、ウッド・ベースを買いに楽器屋へ行くことにした。

目の玉の飛び出るような高い買い物だったが、この楽器のおかげでいろんなバンドに参加することができたし、いろんなひとに出会うこともできた。いまもそのベースは自分の大切な音楽的伴侶としてつねに身近にある。そういう音楽的な転機をもたらしたレコードとして、このジャック・ブルースのソロ・アルバムは忘れようにも忘れられない一枚だ。