クライスト「ミヒャエル・コールハースの運命」


「ペンテジレーア」を探していたら、こんな本がみつかった(吉田次郎訳、岩波文庫)。いつ、どこで買ったのかまったく覚えていない。ともあれ、短いものだから、これを先に読むことにした。

この小説は、分類としては歴史小説ということになるのだろうが、いわゆる大ロマンとしてもおもしろく読める。次から次へと事件が起って、息つぐひまもない。主人公は実直な博労だが、持ち馬二頭に対して領主から侮辱を加えられたことがきっかけになって、大いなる運命の輪のなかに否応なく巻きこまれていく。そして、ついには復讐の鬼と化して、火つけ、掠奪、殺人などありとあらゆる悪行をはたらく匪賊に身をおとす。

彼が捕えられたのちも、情況はめまぐるしく二転、三転を重ね、最後は大ロマンにふさわしく(?)、ジプシー女の予言でクライマックスをむかえる。この場面はあきらかに歴史離れしすぎで、訳者などは「きわめて不自然」と評しているが、ドラマとしてはこういう要素は不可欠だろう。主人公はジプシーの予言を最後の切札として、おのれを裏切った選帝侯に冷酷な復讐を加えるのだ。

しかし、これを読みながらなんともやりきれない気持がするのは、主人公があくまで「正義の味方」のつもりで、自分がわるいことをやっているとは露ほども思っていないことだ。こういう意識が人間に一般的なものであるかぎり、コールハースの運命は世界のいたるところで繰り返されるだろう。といっても、そういう教訓めいたことを作者が強調しているわけではないが。

クライストの作品は、これで「こわれがめ」「ケートヒェン」「コールハース」と三つ読んだことになる。どれも同一人物の手になるとは思えないほど傾向がちがう。あと残っているのは「ペンテジレーア」だが、このところ仕事が異常にいそがしくて、年内に読めるかどうか心もとない。