アルフレッド・ジャリ「ユビュ王」

sbiaco2006-07-30



これはジャリが中学生のころ、仲間といっしょに上演した「ポーランド人たち」という人形劇を、のちになって改作したものらしい。ユビュ王のモデルはエベールという物理の先生で、エベおやじと呼ばれていた。そのエベがユビュになったわけだ。このユビュには、たぶんユビキタス(遍在する)という意味も含まれているだろう。

だから、けっきょくこの劇におけるジャリの功績とは、俗語、造語の使用によって作品そのものを解体してしまったことにある。この本の冒頭に、「1888年(ジャリ十五歳)に上演されたとおりに復元された……」とあるけれども、復元ではなくて解体ではなかったか、というのが私の意見だ。

そのジャリの方法というのを、よくわからないまま解釈してみると、たとえば「体を休める」と書くかわりに「休を体める」と書いたときに生じる違和感を作品ぜんたいにじわじわと波及させることではないだろうか。よく知られたことがらを、書き方をかえることで未知のものに変貌させること、そして、その未知のもののなかによく知られたことがらをふたたび見出すこと。この未知と既知との往還運動がジャリの方法の根幹にあるのではないだろうか。

といっても、それはそんなにむつかしいものではなくて、たとえば2ちゃんねるなんかの用語にも同じような異化効果はみとめられるだろう。俗語、隠語にはアカデミックな面もあって、それはそれでおもしろいが、ジャリの造語趣味はどこまでも反アカデミックだ。ジャリの方法はあらゆるポップアートを貫いて現在まで生きつづけている。

今回読んだのは、「ミル・エ・ユン・ニュイ(千一夜文庫)」という、文庫本よりさらに小型の廉価本。書物としては最底ランクに位置するものだが、ラインナップはなかなかりっぱだし、手にとってすぐに読んでしまえるところがありがたい。ジャリのものでは、ほかに「超男性」がこのシリーズで出ている。