ウエルガス・アンサンブル「フェビュスよ、進め」

sbiaco2006-07-06



自殺ソングとして有名なのはダミアの「暗い日曜日」だが、このCDに収められたソラージュの「くすぶった男が(Fumeux fume)」もまた一種の自殺ソングとして聴くことができるのではないか。なにしろ歌われているのが阿片をのむ人々で、阿片吸飲とは緩慢な自殺以外のなにものでもない。しかし、歌詞の内容を度外視しても、この曲は曲そのものだけで阿片の夢を描きあげているといっても過言ではない。東洋ふうにいえば涅槃の歌だろうか。これを聴いて発作的に死にたくなる人がいてもふしぎではないという気がする。

「くすぶった男が」はアルス・スブティリオルの曲のなかではポピュラーなほうで、複数のCDでいろんなヴァージョンを聴くことができる。しかし、そんななかでもこのウエルガス・アンサンブルのものはいちばん刺激がつよい。聴くひとによっては気分がわるくなってもおかしくないような、あえていえば悪趣味の極致のような演奏だ。この「フェビュスよ、進め」のなかでもこの曲だけが異色で、全体から取り残されたように沈みこんで(あるいは逆に浮き上って)きこえる。ユニークとはこういう作品に対して使われるべき言葉ではないか。

さて、このCDだが、題名からもうかがえるように、14世紀のフォワとベアルンの領主だったガストン・フェビュスの宮廷が擁した一群の音楽家の作品からなっている(ソニー・クラシカル、1991年)。このガストン・フェビュスなる人物は、実の息子を殺すほどエキセントリックなひとだったらしいが、一面、名君としての顔ももつという。彼はなによりも芸術の大パトロンだったようで、とくに音楽に対してはかなり気難しい趣味をもっていたらしい。そんな彼の趣味にあわせて、音楽家たちはより精緻な技法(ars subtilior)に走らざるをえなかったのかもしれない。

いま読んでいる「中世の秋」にもこのガストン・フェビュスの事蹟は出てくるのではないか。そう思って索引にあたってみたが、残念ながら彼の名前は出てこない。まあ、フォワにしろベアルンにしろ、ネーデルラントからはずいぶん遠い、いわば僻地だから仕方ないだろう。しかし、このフェビュスことガストン三世、小粒ながら調べればけっこうおもしろいネタが出てきそうな人物ではある。