渋沢竜彦「太陽王と月の王」

sbiaco2006-06-21



久しぶりに新刊の文庫を買う(河出文庫)。手にとってみると、なんだか微妙に軽い。たぶん用紙のせいだろうが、本そのものが軽いのと同じく、内容も非常に軽い。ほとんどブログ的といってもいいほどの軽さだ。この軽さは、しかし意識的なものらしく、その証拠に著者は文中で「軽さのエレガンス」ということをいっている。

この本のなかで印象的だったのは、「今日の日本」という章。ここに集められたエッセイ群が、この本全体のトーンを決定しているようにみえるからだ。いちおう「今日の日本」をテーマとしているけれども、そのじつほんとうのテーマは過去の記憶をさぐることにある。そして、「今日の日本」が肯定的に語られることはほとんどない。著者ははっきりとこう断言する、「新しいものに、ろくなものはないのだ」と。

こういう過去と現在とを照らし合わせるエッセイの書き方も、やはり意識的なものらしく、著者はべつのところでこの間の消息を語っている。いわく、「現在があるから記憶があるのではなく、むしろ記憶があるから現在がある」、また「体験とはすべて一種のジャメ・ヴュ(未視感)にすぎない……つまり隠れた記憶が先行しているので、それは或る種の操作によって、容易にデジャ・ヴュ(既視感)に転換するであろう」とも。

著者はこの文につづけて「さて、この私の独断的見解、はたして読者にはお分りいただけたであろうか」と書いているけれども、私には感覚的によくわかる。そして、それがとりもなおさず哲学的精神の不在であるということも。