ムソルグスキー「死の歌と踊り」


前にちょっとふれたムソルグスキーの歌曲集(オランダ、ドレームス盤)の終りのほうに、「死の歌と踊り」という曲が入っている。「子供部屋」と同じくとっつきにくい曲で、ほとほと持て余していたが、それでも何度も聴くうちにだんだん勝手がわかってきた。そして、これはじつは驚くべき作品ではないか、と思うようになった。

「子供部屋」もそうだが、ムソルグスキーの歌曲は一般の歌曲という概念から思いきり逸脱している。とくに連作歌曲の場合、そこには非常にドラマチックな要素が混入していて、いわば小規模なオペラのような観を呈している。ここでは歌は歌唱であるとともに語りでもあるのだ。シューベルトフォーレの曲のように、軽い気持でちょっと口ずさんでみるなんてことはとても無理だ。そもそもほとんどが「歌えない」曲ばかりなのである。楽譜にはいったいどんなふうに書かれているのだろうか。いっぺん見てみたいものだ。

「死の歌と踊り」をひとことでいえば、恐怖音楽ということになるだろう。これは夜にヘッドホンで大音量で聴くべき音楽だ。そうしていると、歌詞とはほぼ無関係に、いろんな幻想が頭のなかに湧き起ってくる。それはおよそ西欧的なものからかけ離れた、帝政ロシア特有の土俗的な幻想ともいうべきものだ。歌はときには祈りのように、ときには呪いのように、ときには軍靴と鞭の響きをともなってあらわれる。聴いているほうはほとんど打ちのめされたような気分になって、全曲が終了してようやくほっと息をつく始末だ。

これはもう歌曲などというものではない。私には「春の祭典」なみにラディカルな音楽の破壊にきこえる。ドストエフスキーといい、ストラヴィンスキーといい、このムソルグスキーといい、ロシアにはどうしてこうも超重量級の天才があらわれるのか。十九世紀後半のロシアは全欧の驚異の的となったが、ムソルグスキーもたしかにその一翼を担っていたことを感じさせる傑作がこの「死の歌と踊り」だ。