J.ゴンダ「インド思想史」

sbiaco2006-06-05



ゴンダ文法の著者によるインド思想の入門書(鎧淳訳、中公文庫)。扱われているのは古代のヴェーダから古典ヨーガまでで、つけたりとして「革新的思想と唯物論」が添えられている。つまり、思想史といってもほとんど宗教史であって、時代も西暦5世紀くらいまでにとどまっている。驚くべきことに、インドではこのころまでに思想的なネタはほぼ出つくしていたのである。

この本は入門書であるにはちがいないが、これだけ読んでインド思想がわかるようなものではない。原題にもあるとおり、これはもともとインド思想への導きとして書かれたものだ。それぞれの学説をコンパクトに要約してあるけれども、コンパクトなだけに解読するにはそれなりの学習を必要とする。つまり、そういう個別の研究へと導くのが本書の目的だといっていいだろう。

それにしても、インド思想というのは、入口がいたるところにあって出口がどこにもない迷宮のようなものだと思う。ここにはありとあらゆる宗教的なものが揃っているが、確固としたものはひとつもない。すべては相対的であり、相関的だ。じっさい、本書を読みすすめるに従って、前に述べられたことが否定され、また肯定され、概念はやがて漠とした虚空に消えうせてしまう。

けっきょくのところ、本書を読んで得られたものは、サンスクリットの数々の術語に親しむことができたということにつきる。この本から術語をひろってきて、手元の梵語辞典で片っ端から調べあげる。そうして得られた概念を、またもとの文脈にもどしてみる。そこでなるほどと納得したり、さらに煙に巻かれたりするわけだ。素人にとっては、それ以外に本書を読む方法はない。

いずれにせよ、インドの思想は実践と切り離せないもののようで、それはヨーガに顕著にあらわれている。ヨーガ・スートラはインドにおける霊操のようなものだろう。ヨーガ、禅、霊操などに共通する部分を抽出していくと、ある種の成分のようなものが得られる。この成分は、しかし取り扱い要注意である。それはどんなあやしげな新興宗教にもなんらかの基礎をあたえるものとして機能する可能性があるからだ。インド思想特有のうさんくささもまたここに発する。