和辻哲郎「鎖国」下巻


この本は昭和25年に刊行され、翌年読売文学賞が与えられたという。そういう時期に出たものとして、これは当時の日本人に反省をうながすとともに、失われた自信を回復させる効果をもあわせもつ本になっている。このうち後者の傾向がいちじるしいことは、本文中に圏点の打ってある部分が、おおむね日本人の優秀性をさりげなく示していることからもうかがえる。そして、最後に著者はこういう、「つまり日本人に欠けていたのは航海者ヘンリ王子であった。あるいはヘンリ王子の精神であった。恐らくただそれだけである。そのほかにさほど多くのものが欠けていたのではない」と。

それが真実かどうかはこのさい問題ではない。和辻は日本人を励まし、力づけるために本書を書いたとしか思えないからだ。とにかくこの本を読むと、精神のどこかに活を入れられたように、ふしぎに勇気がみなぎってくる。がんばれといわれているわけではないのに、なぜかがんばる気になってくる。左翼的な言説に満ちみちているのに、右翼的心情を刺激される。それを和魂洋才というのはたやすいけれども、それだけではないなにかが本書にはある。名著とされるゆえんだろう。

じっさい、この本は鎖国の精神とは正反対の観点から書かれている。それ自体で完結したものというよりも、むしろさまざまな可能性へと開かれたものとしてある。本書の与える開放感はそういうところにも起因しているだろう。時代が(個人でもいいが)閉塞状態に陥ったときに読み返され、読みつがれるべき本だと思う。