アンサンブルP.A.N.「アルス・マギス・スブティリテル」

sbiaco2006-02-18



はじめは洒落のつもりで聴いていたウエルガス・アンサンブルのCD(「中世・ルネサンス音楽への招待状」)だが、だんだん洒落ではすませられなくなってきた。これはウエルガス・アンサンブルの10枚のCDからのハイライト集で、題名のとおり初心者には絶好の「招待状」になっている。そのうちでも自分がとくに惹かれたのが、ソラージュという作曲家の「くすぶった男が」という曲だ。

ソラージュはアルス・スブティリオル(より精緻な技法)と呼ばれる流派に属する音楽家らしい。この流派のことは、岡田暁生さんの「西洋音楽史」でもまったく触れられていない。ヴィトリとマショーとの「アルス・ノヴァ」が爛熟のきわみに達し、やがて頽廃の兆候をあらわしはじめた時期に出た一群の音楽家の傾向に対してウルスラ・ギュンターという人が命名したのがアルス・スブティリオルだ。中世音楽におけるデカダンスといってもいいだろう。

そう見当をつけてさがしてみると、この派の音楽はけっこうCDで出ているようだ。とりあえず3枚ほど発注しておいたが、そのうちきょう届いたのがEnsemble P.A.NのARS MAGIS SUBTILITER(New Albion Records, Inc.)。副題には「シャンティイ写本からの世俗音楽」とある。

世俗音楽といっても歴とした宮廷音楽だが、その世俗性(?)を強調しているのがヴィエルとリュートによる伴奏だ。とくにリュートは世俗的な楽器のさいたるものだろう。それはやがてギター、マンドリンバンジョーと形を変えつつも、つねに民衆音楽とともにあった。古語は方言にのこる、といわれるが、ここに聴かれる音楽もケルトやスカンジナヴィアなどの辺境ではいまでも日常的に演奏されているのではなかろうか。

ソラージュの「くすぶった男が」は、ウエルガス・アンサンブルのものでは男性三人によるアカペラだったが、こちらのCDではヴィエル2台とカウンターテノールによるもので、演奏者によってこうも変るかというくらい、このふたつの演奏には隔たりがある。このことからもわかるとおり、中世音楽の再現には、近・現代のものとくらべて、演奏者の解釈に左右される面が多い。われわれが聴いているのは、けっして中世音楽そのものではなくて、その現代的解釈であるということを忘れてはならないだろう。