マニエリスム音楽


クープランの綾織のような繊細な音の連なり聴いていると、どうしてもマニエラという言葉を想起せずにはいられない。マニエラとはもともと「手」に由来する言葉で、そこから手法、様式の意味になった。イタリアでは日常語に属するが、日本ではほとんどもっぱら芸術上のある型における様式をあらわすのに使われている。いわゆるマニエリスムがその型だ。

音楽においては、ルネサンス音楽とかバロック音楽とかいうのはよく耳にするが、マニエリスム音楽というのはあまり聞かない。しかし、マニエリスムとはもともと美術で使われていた用語を芸術一般に拡張、応用したものだから、当然マニエリスム音楽というものも考えられていいわけだ。そう思って調べてみると、手頃なところで原田玲子著「マニエリスム芸術と音楽」(音楽之友社)という本が見つかった。

で、さっそく取り寄せて読んでみたが、どうもいささか勝手が違うようだ。著者はあくまでも様式史に忠実なまま、マニエリスム音楽を厳密にルネサンス音楽バロック音楽とのあいだに置いて考察している。いや、両者の中間というより完全にルネサンス寄りだ。この本に説かれたマニエリスム音楽は、初期バロックにつながるものというよりも、むしろ後期ルネサンスにおける狂い咲きのようなものとして扱われている。

なるほど、たしかにそういわれてみれば、美術においてもマニエリスムはほとんどルネサンスの一変種にしかみえず、いわばルネサンスデカダンスのような様相を呈している。つまりマニエリスムとは変態的なルネサンスのことであって、やはりバロックとは相当な隔たりがあると考えなければならないのかもしれない。

さっき「いささか勝手が違う」と書いたのは、この本の題名を見たとき、てっきりホッケの方法を音楽の領域に適用したものだと思いこんでしまったからだ。その方法とは、要するにマニエリスム概念を導入することによって、従来バロックに分類されていた音楽に対してある種の「異化」をもたらすようなやり方のことだ。しかし冷静に考えてみれば、そのような作業はよくいって脱構築、わるくすればたんなるレッテルの貼り替えに終ってしまう可能性が大きい。なによりもマニエリスムなる概念自体、ホッケの本が出た当時の起爆力というか神通力のようなものを失ってしまっている。……

というわけで、クープランからマニエリスム経由でとうとうルネサンス音楽にまで連れ出されてしまった。原田さんの本にあがっている作曲家の名前をたよりに、アマゾンで検索してみると、ルネサンス音楽のCDは案に相違してじつに多い。あまりに多すぎて、なにを選んだらいいのかさっぱり見当もつかない。仕方がないので、アマゾンの「おすすめ」に従って、安いCDを2枚発注しておいた。題名はなんだったっけ……それさえも忘れるような、まったく未知のCDだ。